乙一「銃とチョコレート」
少年リンツの住む国で富豪の家から金貨や宝石が盗まれる事件が多発。
現場に残されているカードに書かれていた“GODIVA”の文字は泥棒の名前として国民に定着した。その怪盗ゴディバに挑戦する探偵ロイズは子どもたちのヒーローだ。
ある日リンツは、父の形見の聖書の中から古びた手書きの地図を見つける。その後、新聞記者見習いマルコリーニから、「“GODIVA”カードの裏には風車小屋の絵がえがかれている。」という極秘情報を教えてもらったリンツは、自分が持っている地図が怪盗ゴディバ事件の鍵をにぎるものだと確信する。
地図の裏にも風車小屋が描かれていたのだ。リンツは「怪盗の情報に懸賞金!」を出すという探偵ロイズに知らせるべく手紙を出したが…。
72点
子供向けミステリ"ミステリーランド"シリーズとして書き下ろされた作品。
「神様ゲーム」のような作品も書かれており、なかなか侮れない。
"かつて子どもだったあなたと少年少女のための"とのコピーはなかなか適切だ。
主人公リンツは純粋で、ちょっとだけ冒険心のある男の子。
移民の子として、いわれの無い迫害を受けながらも健気に生きている。
この物語は彼の成長物語としての側面が強い。
そういった意味では、ミステリーランドシリーズとして、テキストブック的な作品だ。
実際、乙一の手法は見事である。
怪盗と名探偵という子供にも分かりやすい構図。
そしてどこかカトゥーン的で憎めないキャラクター達。
暗号や宝の地図というモチーフも子供には適切だろう。
その反面、大人向けの要素も上手く配置されている。
移民というシリアスなテーマ。
チョコレートブランドを中心としたキャラクターのネーミング。
これには子供向けに分かりやすくする面もあるだろうが、ゴディバ、ロイツは兎も角、ドゥバイヨルなんて名前は明らかに大人を意識している。
ストーリーとプロット部分がやや強引で、トリックに深みが無いことは残念だが。
これはどの作品を読んでも感じることだが、乙一という作家は本当に器用だなと感心する。
子供向け、大人向けの要素が混在する中を、非常に上手いバランス感覚を持って執筆している。
キャラクターの名前も相まって、おとぎの国的な雰囲気になりがちな所を、多少過激目の描写で引き締める。
反対にキャラクターの行動がえげつなく見えすぎないように、どこか非現実的な雰囲気を持たせる。
ロイツ、ドゥバイョル、メリー、そしてリンツと魅力的なキャラクターが揃っている作品。
次回作を匂わせる伏線も少なくないので、ファンとしては次を期待してしまう。
ちなみに"暴力的な描写があるから子供には見せない方がいい"と言う意見を時々見かけるが、完全に的外れである。
暴力的な描写を読むと暴力に走るのなら、江戸川乱歩を読んで育った自分は猟奇殺人者にならなくてはおかしい。
そんな殺人衝動に侵されたことはこれまで無いのだが。