中式先攻法ブログ

小説や映画、ドラマなどの感想をダラダラ書いてます。備忘録も兼ねて。

道尾秀介「鬼の跫音」

心の中に生まれた鬼が、私を追いかけてくる。―もう絶対に逃げ切れないところまで。一篇ごとに繰り返される驚愕、そして震撼。ミステリと文芸の壁を軽々と越えた期待の俊英・道尾秀介、初の短篇集にして最高傑作。

(「BOOK」データベースより)
Trial and Error

74点

 

テーマはある程度統一されているが、基本的には短編集である。

鴉と"S"という登場人物は全ての作品に登場するが、"S"はそれぞれの話において別人。

ミステリ色よりもホラー色が強く出ており、作者としては少し冒険した作品に感じた。

 

短編は全六篇からなっており、全てにおいて人間の内なる狂気が描かれている。

結末でどんでん返しを持ってくるあたりはいつもと同じ手法だが、全てを説明して終わらないあたりは雰囲気を重視した改良と感じた。

作者が"混沌を狙って書いた"とコメントしているが、このあたりの手法の変更にも現れているのだろう。

 

どれも短編としては平均以上の出来だが、その中でも面白いと思った短編は「鈴虫」「冬の鬼」「悪意の顔」の三作品。

「鈴虫」は作者らしいミスリードを用いたミステリ要素と、ホラー的な鈴虫の対比が素晴らしい。

「冬の鬼」は日記を新しい日付けから読み返していくという手法が生きている。

作者ならではの仕掛けが活き、何でもないはずの描写が日記を遡るごとに違う意味を持っていく。

「悪意の顔」はホラーとリアルのどちらにも落とし込まず、中間的な雰囲気を持たせている部分が面白い。

 

ミステリ色をホラー内で過剰に出すと、理屈っぽくなり面白さが薄れてしまう。

しかしミステリ的な素養を十二分に持った作者は、ホラーの持ち味である混沌を理解・重視した上で、それを壊さない配置にミステリを入れ込んでいる。

自分の得意とするものを完璧に掴んでいなければ書けない秀作である。

今回の作品内にはそこまで突出した作品は無かったが、まだまだ引き出せば出てくるフォーマットに感じた。

是非、短編ホラーをまた書いて欲しいと感じるには十分な作品。