米澤穂信「インシテミル」
期待の新鋭が描く究極の殺人ゲーム。
(「BOOK」データベースより)
84点
短いあらすじが表すとおり、いわゆる殺人ゲーム物。
そしてクローズドサークルものである。
この作者の作品は初めてだったが、非常に面白い作品だった。
ここ最近読んだクローズドサークル物では最高の出来と言ってもいい。
それ位良くできた作品だ。
物語は謎のバイトに主人公・結城が応募する所から始まる。
時給1120百円、つまり十一万二千円とかかれたバイトを、あるものは誤植と思いながら、あるものは期待しながら応募する。
そして集まった12人は、複雑なルールが組み込まれた地下の洋館"暗鬼館"で殺人ゲームの被験者となる。
設定はよくある物で、作者もそれを知ってか余計な情報は完全に省いている。
お金が必要な人間が暴挙に出る理由、殺人ゲームを開催している組織などは完全に描かれていない。
その潔さが読んでいて非常に気持ちいい。
理由が中途半端に描かれるなら描かれないほうがいい、とよく書評に書いている通り、完全に個人的な趣味だが。
殺人ゲームというよくある設定も、ルールの規定でかなり面白くしている。
まず、ゲームはよくある"殺さなければ主催者側に殺される"といった類のものではない。
なので仲良くなった人を殺すか殺さないか?といったありがちな展開には行かない。
そんな心理描写はすでに腐るほど描かれているし、そこに持っていかなかったのは正解だ。
各人の部屋には"撲殺""銃殺"などの言葉とともに凶器が置かれている。
そこにはその凶器が使われた代表的なミステリ…例えば「白髪鬼」「まだらの紐」などの引用とともに、凶器の持つ意味がミステリ的な側面から書かれた紙が入っている。
キッチンのテーブルには12人のインディアン人形が置かれ、「そして誰もいなくなった」を思い出させる。
このような手法により、ホラーでいう「スクリーム」のように、ジャンルを外部から覗くような一種メタ的な手法が用いられる。
これが非常に面白い。
そしてこの手法は物語の進行において重要な意味を持ってくる。
そこも見所の一つ。
殺人をすると何倍、探偵となり犯人を名指し、それの賛同者が過半数を越えると何倍、それが間違ったまま7日間が過ぎると何分の一といった、バイト代に対して倍率で行動を規定しているのも面白い。
ここでは過半数が大きな意味を持ち、犯人と指名されれば監獄に入れられ時給が著しく下がる。
映画「es」にも似た、特殊環境下でのクローズドサークルなのだ。
このような複雑な要素が絡み合い、ミスリードも張り巡らされ結末は意外な方向に進む。
この作品は今年、映画化されるという。
各人のキャラクターも上手く描かれているし、映画化しやすいモチーフに見える。
しかし、ともすると「バトルロワイアル」のような作品と受け止められかねない。
今までのクローズドサークルに対するアンチテーゼであり、ミステリマニアに送られた極めて緻密な作品であることは表現されずらいだろう。
せめて「CUBE」のようになればいいのだがと切に願う。
綾瀬はるかはおそらくヒロイン・須和名祥子だろうが、これはイメージに合っている。
藤原竜也、綾瀬はるか、阿部力、石原さとみ、片平なぎさ、北大路欣也、武田真治、平山あやというキャストも、何となく作品に嵌るのがイメージできるだけに、是非上手く作って欲しい。
くれぐれも黒幕が北大路欣也とかいう、ふざけた映画版アレンジは控えて欲しいところだ。