小林泰三「海を見る人」
「あの年の夏祭りの夜、浜から来た少女カムロミと恋に落ちたわたしは、1年後の再会というあまりにも儚い約束を交わしました。なぜなら浜の1年は、こちらの100年にあたるのですから」―場所によって時間の進行が異なる世界で哀しくも奇妙な恋を描いた表題作、円筒形世界を旅する少年の成長物語「時計の中のレンズ」など、冷徹な論理と奔放な想像力が生み出した驚愕の異世界七景。SF短篇の名手による珠玉の傑作集。
77点
ホラー作家としても有名な著者のSF短編集。
正直、SFはあまり得意なジャンルではないので、いくつかの話は読む事が苦痛だった。
物理系に強い人には全作品存分に楽しめるだろう。
「時計の中のレンズ」
円筒形の世界を旅する一団と族長である少年の物語。
世界観の描写がすさまじく物理的で、頭の中での映像化がかなり大変だった。
重力が変化することによる生態系の変化などは面白く読めたが。
世界観は別として一族を背負う族長の成長と悲哀のような部分は、設定を完全に理解できなくても伝わるものはあった。
だからといってどうと言う事はないが。
「独裁者の掟」
ブロックの集合体として宇宙に構成された二つの国の話。
設定で煙に巻いて、ラストで種明かしするあたりはミステリ的。
終盤の独裁者の独白による説明は興ざめしたが。
「天国と地獄」
外に向かい引力が発生する世界を旅する「落穂拾い」のメンバーの話。
物理的理解がオチに直結しているので、最も評価が分かれそうな作品。
個人的には今ひとつだった。
個人の心情的側面は今ひとつ描写できていない感もある。
もちろん設定が現実世界と異なるので、それに当てはめた心理描写を期待することが間違っているのかもしれないが。
物理用語の多用と、使われる天文単位などで現実世界と切り離しつつ、「落穂拾い」などの名称でふと、この世界との繋がりを感じさせる手法は見事。
「キャッシュ」
人類を冬眠状態で他の星へ送る際、完全睡眠状態にする事で発生する記憶の削除を無くす為、仮想現実世界が構成された。
そこで探偵業を営む主人公の物語。
最もミステリ色が強い作品で、物理に疎くても読みやすい。
仮想空間上での相互認識を整合させる為、"キャッシュ"を用いるという設定は面白かった。
ただ設定もラストも某映画とあまりにも似すぎていて気になった。
「母と子の渦を旋る冒険」
純一郎君は恒星間で遊ぶように母から言われ、宇宙空間上を旅していく。
しかしその途中で未知の現象に引き込まれていく。
作中の描写から完全に人ではない異形の姿とわかる純一郎君。
生身で移動し、謎の惑星にたどり着きというくだりも含め、かなり意味不明な部分が多い。
だが完全に突き放したような設定と、純一郎君の妙な人間くささのギャップが面白い。
なかなかの秀作。
「海を見る人」
いつも海を見ている老人。
彼が過去にあった、ある夏の話を語りだす。
圧倒的に出来が違う表題作。
ファンタジーとしての設定と、切ない描写が絶妙。
高低差により時間の進み方が違う世界。
浜の村の一日が、山の村の一年。
そんな山の村の祭りで、主人公は浜の村の女の子に恋をする。
超光という概念で世界を見る、かなりファンタジーに飛んだ設定と、山の村で行われる"だんじり"とのアンバランスが面白い。
祭りで出される屋台の描写も見事。
だがなんと言ってもラストが凄い。
設定と恋物語の見事な融合を果たしている。
「門」
主人公が暮らすコロニーには大姉と呼ぶ先生がいる。
そんな平和なコロニーに太陽系からの戦艦が現れる。
これも物理的な知識があまりなくても読みやすい作品。
一部設定に無理を感じた所とラストが見えてしまった点はマイナスか。
短編の間に入る謎の会話も、SFらしいオチがきちんと用意され、まとまりは非常にいい。
難解な話が多いのでもう一度読み返せば印象が変わるのかも。
「海を見る人」は短編として、最高クラスの出来。
他の作品がいまいちだった事が非常に残念なくらい抜きん出ていた。