中式先攻法ブログ

小説や映画、ドラマなどの感想をダラダラ書いてます。備忘録も兼ねて。

乙一「天帝妖狐」

とある町で行き倒れそうになっていた謎の青年・夜木。彼は顔中に包帯を巻き、素顔を決して見せなかったが、助けてくれた純朴な少女・杏子とだけは心を通わせるようになる。しかし、そんな夜木を凶暴な事件が襲い、ついにその呪われた素顔を暴かれる時が…。表題作ほか、学校のトイレの落書きが引き起こす恐怖を描く「A MASKED BALL」を収録。ホラー界の大型新人・乙一待望の第二作品集。
(「BOOK」データベースより)
Trial and Error

58点


「A MASKED BALL ~及びトイレのタバコさんの出現と消失~」「天帝妖狐」の二作からなる作品集。
それぞれ大きく印象が違う作品で構成されている。

「A MASKED BALL ~及びトイレのタバコさんの出現と消失~」
高校生の"ボク"が見つけた奇妙なトイレの落書き。
それに反応するように"ボク"を含め4人の落書きがトイレに書かれていく。
顔が見えない5人の奇妙なコミュニケーションが始まっていく…という物語。
ネットの暗喩であるとか言われているが、そんなに深い意味は感じなかった。

トイレの落書きはモチーフとしてはかなり面白い。
匿名で書かれる人物たちの正体が嫌が応にも気になっていく。
そこで発生する事件も含め、途中までの展開と後半の緊迫感は素晴らしかっただけに、最後は少し拍子抜けした。
ある程度の理由づけはほしかった気がするし、ミスディレクションが巧妙だっただけに肩透かしを食らったような感があった。

良かったのはV3の正体。
乙一らしい仄かに優しさの薫る、過剰でない描写がグッと来た。
またGOTHにも繋がっていく、少しとぼけた登場人物たちも面白かった。
そのキャラクターが活かしきれたかというと、少し物足りなかったとも思う。
個人的には乙一の描く、ちょっと凶暴な女の子は好きだ。

「天帝妖狐」
全身に包帯を巻いていて素顔のわからない男・夜木。
町中で倒れた夜木と出会い、宿無しの彼に、一時、部屋を提供した杏子。
二人の恐ろしくも切ない物語。

コックリさんを題材にした作品。
"トイレのタバコさん"は明らかに"トイレの花子さん"を捩ったものなので、子供の都市伝説をテーマに統一されてはいる。

物語は夜木の手紙と杏子の視点で描かれる。
これは中々面白い発想だと思った。
物語の中で重要な位置を占めるある事件の後、杏子に宛てた手紙という形で独白する夜木パート。
夜木との出会いから、事件後までを杏子の視点で描いた杏子パート。
ザッピングで物語を進めていく手法は珍しくないが、これを手紙と視点という方法で分けたのは味がある。
ただその発想が活かしきれてはいなかった。

この手法のデメリットは、結末が夜木の手紙である程度見えているので、どうしても予定調和的になってしまう点。
メリットは生の姿である杏子の視点と、独白という一方的なコミュニケーションの違和感が生む、独特の切なさ。
そして、夜木の内面と実際の行動のずれを描けるといったところか。
これではどうしてもデメリットが強くなってしまうように感じた。
それをひっくり返すには、どちらの視点でも分からなかった第三者的な出来事を入れることで、意外性を持たせたほうが良かったのではないか。
どちらも一人称視点なので、叙述トリックやミスディレクションを仕掛けるにはピッタリだと感じたのだが。

ただそれをやりすぎると、ミステリ的な要素が強くなり、この話が持っている切なさや規模感は弱まってしまうだろう。
評価自体は低い作品ではないので、結果的には正解だったのかも知れない。
最後の一文は心に響いたし、他の道筋を通ってはあの深みは出なかったであろう。
予定調和を良しとしないミステリファンの悪い部分が、この最後を納得できなくさせているのが我ながら悲しい。

どちらの作品もオチ部分に不満が残り、乙一初期の作品であることがうかがえる。
この若くて瑞々しい文体や、未成熟なプロットも、味があるという捉え方をすればいいのか。