伊坂幸太郎「重力ピエロ」
連続放火事件の現場に残された謎のグラフィティアート。無意味な言葉の羅列に見える落書きは、一体何を意味するのか?キーワードは、放火と落書きと遺伝子のルール。とある兄弟の物語。
86点
大学卒業後すぐの頃に読んだ本の再読である。
とは言いつつどこまで読んだかが不明。
明らかにトリックや人物、描写に覚えはあるが、後半はあまり覚えていない。
途中で読むのを投げ出しているのであれば、その頃は本を読むような状況ではなかったのだろう。
本書は典型的な"投げ出しづらい本"である。
伊坂幸太郎らしさと言うのは良く出るときと、悪く出るときの差が激しい。
この作品では非常に良さが出ている。
まず愛すべきキャラクターの描写が上手い。
主人公・泉水、弟・春、そして両親。
この四人家族の醸す優しい雰囲気が非常に心地よい。
過剰に泣かせるわけでも無いし、現実的な存在でもない。
だがどこかにいそうで、いて欲しい愛すべき素晴らしい家族だ。
特に父の描写・キャラクターは特筆もの。
後半はある意味で父の一人舞台と言ってもいいだろう。
また不安定で不規則な価値観も素晴らしい。
基本、伊坂幸太郎は一般論に対して、大きく反対の立場も取らず、奇妙でいてシニカルなポジションを取る事が多い。
性に憤り、暴力を手段に選び、ストーカーを否定も肯定もせず。
そのあっけらかんとした姿勢は、物語全体を本来は流れるであろう暗いトーンを取り去っている。
いつも思うが、伊坂作品は深刻なテーマを扱うほど、活き活きとキャラクターが動き出すイメージがある。
それは作中でも言われている"本当に深刻な事は、軽く伝えるべき"という姿勢と似ている。
先ほどの台詞もそうだが、相変わらず今回も心に残る台詞や文章が多い。
特にガンジーの言葉を中心とした引用の多さが、その特徴を後押ししている。
家族を覆う暗い影に対して、哲学的な視点で語る主人公と春の姿は、小説でしか描けない超客観性を持っており、それがオリジナリティとなって心を動かすのかも知れない。
トリック自体は大きな仕掛けは無いし、行動の一貫性としてみても今一理解できない所がある。
しかし、家族と言うものを真正面から描くという意味では、素晴らしい成功を収めているのではないか。