道尾秀介「シャドウ」
人間は、死んだらどうなるの?―いなくなるのよ―いなくなって、どうなるの?―いなくなって、それだけなの―。その会話から三年後、鳳介の母はこの世を去った。父の洋一郎と二人だけの暮らしが始まって数日後、幼馴染みの亜紀の母親が自殺を遂げる。夫の職場である医科大学の研究棟の屋上から飛び降りたのだ。そして亜紀が交通事故に遭い、洋一郎までもが…。父とのささやかな幸せを願う小学五年生の少年が、苦悩の果てに辿り着いた驚愕の真実とは?話題作『向日葵の咲かない夏』の俊英が新たに放つ巧緻な傑作。
74点
2007年の第7回本格ミステリ大賞受賞作。
ミステリとしてのレベルが非常に高く、小手先ではない実力が見える作品。
この作家の小説は「ラットマン」についで二作目だが、ゆるぎない安定感を感じた。
その反面、「ラットマン」とかなり似ている部分も多くある。
ストーリーやトリックは待ったく別のものだし、テーマも大きく異なっている。
しかしキャラクターの配置、ミスリードの手法、真犯人のポジション、伏線の張り方がかなり近い。
その為、早い段階でミスリードの可能性や伏線に気づいてしまった。
別にオチが分かってしまったからといって、それで面白くないとかダメだとか思っているわけではない。
ただもう少し手法的な変化を持たせて欲しかった。
そうすると安定感が失われるので、これはこれでいいのかも知れないが。
ストーリーは二組の家族を中心に描かれていく。
一方の家族の妻が癌で死んだ事から、それぞれの人格や関係に少しずつ歪みが生じてくる。
歪みの原因が過去にあった何かと匂わせながら、巧みに物語を進行していく手法は見事。
また同じ時間軸を父の洋一郎、息子の鳳介と二つの視点で追っていく展開も面白かった。
伏線の回収も非常に上手い。
この作家の一番の凄さはここにあるのではと思うほど、見事にストーリーと絡めて無理なく伏線を回収していく。
難を言えば、犯人に多少の違和感を感じた事。
これは「ラットマン」でも感じたが、あの作品では犯人は大きなポイントでは無かったので、そこまで気にならなかった。
しかしこの作品では犯人にある程度のポイントが置かれているので、もう少し理由づけが欲しかった。
意外性と理由のバランスの中で、少し意外性に傾けてしまったのではないか。
ただ他の推理小説と比べれば全く問題が無い程度である。
プロット作りが異常に上手いのでどうしても目に付いてしまうだけかも知れない。
またミスリードも読者だけに匂わせるのではなく、作中の動きとしてもう少し出しても良かったのではないか。
尻切れトンボなミスリードのせいで、重要そうな伏線がただのエッセンスにとどまってしまっている。
これは狙ってやっているのだろうが、かなり興味を引く伏線だっただけに若干のあざとさを感じてしまった。
トータルで見れば、かなり面白いミステリだった。
ただ読んだ順番もあるのかも知れないが、「ラットマン」には一歩及ばなかった印象。
温かみのある人間描写、そして安心して読める筆力は稀有な才能だと思うので、この作家の作品はさらに読んで行きたいと思う。