森博嗣「そして二人だけになった」
全長4000メートルの海峡大橋を支える巨大なコンクリート塊。その内部に造られた「バルブ」と呼ばれる閉鎖空間に科学者、医師、建築家など6名が集まった。プログラムの異常により、海水に囲まれて完全な密室と化した「バルブ」内で、次々と起こる殺人。残された盲目の天才科学者と彼のアシスタントの運命は…。反転する世界、衝撃の結末。知的企みに満ちた森ワールド、ここに顕現。
72点
タイトルが意味する通り、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」をベースにした作品である。
かといって、古典趣味の本格クローズドサークル物かというと、そうでもない。
あくまで、森ワールド内で形作られた作品である。
それは工学博士としての知識を存分に生かしたものでもあるし、森博嗣の持つ根源的なテーマに則した物とも言える。
この作品の中での設定は非常に効果的に「現実感」を希薄にしている。
「バルブ」というシェルター、そして巨大建造物などのSFじみた設定。
全てが森博嗣のかもし出す、価値観の喪失につながっている。
この登場人物たちは常に価値観の崩壊に近い線上を歩んでいる。
生きることとは。殺すこととは。壊すこととは。
全ての価値観があやふやな中で起こるミステリーで恐怖感は薄まっている。
登場人物たちの生への執着が非常に薄いからである。
そこがこの作品の特徴でもあり、面白いところでもある。
「そして誰もいなくなった」+哲学・倫理学と言ってもいいだろう。
そういう意味でラストまでの展開は非常に面白かった。
「そして誰もいなくなった」という名作の筋書きを破壊し、さらに深いテーマに踏み込んでいるからだ。
ただミステリーファンとしては「そして誰もいなくなった」の完璧なラストを如何にして破壊するかに期待はしてしまう。
この作品の特性上、そこに大きな比重をおいて読むべきではないと分かっていてもである。
それほどまでに「そして誰もいなくなった」という作品の意味は大きいし、あってしかるべき期待かと思う。
「そして誰もいなくなった」という作品に対しての私の趣味も大いにあると思う。
あれほどまでにシンプルで美しく計算され、無駄が無く、そして新しい作品は無い…と今でも思っている。
その期待をラスト付近まで見事に叶えていただけに(隠喩の下りなど最高の出し方だと思う)、仕方ないとは思いつつ多少の落胆はあった。
もちろんミステリーとしての決着や森博嗣らしいラストのつけ方も含めて、失敗だとは思っていない。