米澤穂信「遠まわりする雛」
神山高校で噂される怪談話、放課後の教室に流れてきた奇妙な校内放送、摩耶花が里志のために作ったチョコの消失事件―“省エネ少年”折木奉太郎たち古典部のメンバーが遭遇する数々の謎。入部直後から春休みまで、古典部を過ぎゆく一年間を描いた短編集、待望の刊行。
(「BOOK」データベースより)
72点
古典部シリーズ第四弾。
今回は入部直後から翌年の四月までを描いた短編集となっている。
この短編では一年と言う時間経過と共に、"氷菓"事件、"女帝"事件、学園祭を経て徐々に深まっていく人間関係が描かれている。
前作の「クドリャフカの順番」がお祭り騒ぎの中での事件だっただけに、非常に静かで人間関係にポイントをおいた作品に感じた。
"やるべきことなら手短に"では奉太郎の省エネ主義が少しずつ変わっていく、そのスタートに近い部分が描かれている。
七不思議に関する小さな事件がテーマとなっているが、トリックというよりは、その裏の仕掛けとそこでの感情の機微を描きたかったのだろう。
"大罪を犯す"でも小さな数学教師のミスにかんして千反田が興味を示し、その謎解きが繰り広げられる。
こちらも謎解きはエッセンスでしかなく、人が何に怒るかで大事なものが分かるという、人間関係構築の部分が主なのだろう。
"正体見たり"は温泉でおこった幽霊騒動の話。
奉太郎の推理が前二編に比べると冴え渡る話で、短編として独立しても読める一話完結感の強い話。
短編のジレンマか伏線が露骨過ぎる感もある。
"心あたりのある者は"では校内放送を元に推理を披露しあう奉太郎と千反田の姿が描かれる。
飛躍しすぎていく推理と共に、二人の距離が当初より近づいている事を感じる作品。
ロジックの構築により、会話の中で推理を進めていく流れは、短編の中で手法の違いを感じ面白かった。
"あきましておめでとう"は納屋に閉じ込められた奉太郎と千反田が、外にいる摩耶花と里志に危機を伝えようと画策する話。
シチュエーションが典型的な"お近づきになるハプニング"設定なのはこのシリーズに合わないようにも感じた。
最終的なオチも伏線の位置は面白かったが、こちらも露骨過ぎてひねりが無いように感じた。
"手作りチョコレート事件"は盗まれた摩耶花のチョコレートの行方を追う話。
犯人は最初から分かるような作りだが、その動機が分からないまま話は進む。
最終的に動機は明かされるが、いまいち納得がいかない。
全体を通して奉太郎と里志のポリシーについては何度も語られ、二人ともかたくなに守ろうとし、複雑に思考するが、そこに今ひとつ動機としてのリアリティを感じられない。
高校生のころはポリシーがそれほど重要だったかと考えてみたりもした。
摩耶花と里志という重要な関係について、やっと語られた事件だけに、理由のあっけなさは残念。
"遠まわりする雛"では祭りで"生き雛"として歩く千反田と、傘もちをする奉太郎が出会う小さな謎が描かれる。
謎自体はさほど大きくないが、ラストの流れはなかなか秀逸。
四作目まで一年という時間を経てもなかなか動かなかった人間関係がついに動き出すのかという、期待感あふれるラストとなっている。
桜の中をあるく千反田の描写も目に浮かぶようで、美しい描写が見事。
あまり好みの作品が無かった古典部シリーズだが、四作目にしてやっと米澤穂信のやりたい事がわかってきた気がする。
リアリティのある学園生活、そしてゆっくりとしたシリーズの時間の中で丁寧に描かれる人間関係の変化。
キャラクターは小説的だが、古典部の四人を過剰に四人組としての成立に持っていかないのもリアリティからなのだろう。
文系の部活に所属していた人なら、さらに共感できる箇所も多いのかもしれない。
また他のシリーズに比べミステリは味付けに近く、推理や周りの人間によって代わっていく奉太郎、そして古典部のメンバーが書きたいのかなと感じた。
ただ、やはりポリシーに関してはことさら強調しすぎな感は否めない。
奉太郎のポリシーはキャラクターの根幹を担い、語り口でもあるので理解できるが、里志の考えとポリシーに今ひとつ一貫性を感じない上に、ことさらポリシーを強調するのも気になる。
もしかしたらこの短編の間に、時系列順に長編を挟んで読むと納得できるのかも知れないが。