伊坂幸太郎「終末のフール」
「8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡する」と発表されて5年後。秩序崩壊した混乱の中、仙台市北部の団地に住む人々は…。表題作のほか、「太陽のシール」「篭城のビール」など全8編を収めた連作短編集。
(「MARC」データベースより)
74点
読む前は石田衣良「LUST」みたいな話かなと思った。
読んだ後は東野圭吾「新参者」と似た読後感だった。
よく「地球が滅びる日何をしていますか?」という質問がある。
これは「地球が滅びる三年前何をしていますか?」という小説だ。
作者曰く凪・小康状態が描きたかったという。
その視点が非常に伊坂的で面白い。
ここに描かれているのは絶望と戦いながら、日常とのバランスをとって生きる人々。
決してリアルではないが、柔かい人物描写で上手に一側面をつむぎだしている。
短編のクオリティは比較的統一され、トーンも揃えられている。
かといって、飽きる小説ではない。
短編には共通して出てくる人物がいたり、場所があったりと彼ならではの遊び心が溢れている。(いつもと違い、他作品とのリンクはほぼ無いが)
個人的に気に入ったのは「冬眠のガール」「鋼鉄のウール」。
「冬眠のガール」は両親を自殺で亡くした、田口美智のお話。
四年間、疑似冬眠を称し、家に閉じこもり、父の書斎の本を全部読破した彼女。
その中のビジネス書にあった、「三人の人に会いに行きなさい、まず尊敬する人、次に自分に理解できない人、そしてこれから出会う人」を実践するために街にでる。
「鋼鉄のウール」は淡々と練習を続けるキックボクサー苗場さんと「ぼく」の話。
滅びる世界で彼はなぜ練習を続けていくのか。
そして「ぼく」は何を選択し生きていくのか。
いずれもリアリティがある話ではない。
ただそのリアリティの無さと凪状態の混沌さがとてもマッチしている。
滅びる日を描くより、伊坂幸太郎は三年前のほうが向いていたと結果的には思う。
ここにはスーパーヒーローも出てこない。
出てくるのはスーパーを開けつづけるオッサンや、ビデオレンタル店を閉めない若店主。
だがその使命感が等身大のヒーローとして無理なく描かれている。
とても伊坂幸太郎らしい作品である。
また台詞回しの上手さも感じた。
練習し続けるキックボクサー苗場の台詞、「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」はなかなか出てこない名台詞である。
大絶賛に値するかと言えば、そうでもない。
爆発力があるとも思えない。
だがこの作品は伊坂幸太郎の良さが全面に出ている。
「ラッシュライフ」より、下手をすると「アヒルと鴨のコインロッカー」より、伊坂幸太郎にしか書けない小説なのかもしれない。
もし興味を持たれたなら作者インタビューもなかなか面白い。