中式先攻法ブログ

小説や映画、ドラマなどの感想をダラダラ書いてます。備忘録も兼ねて。

奥田英朗「町長選挙」

伊良部、離島に赴任する。そこは町長選挙の真っ最中で…。「物事、死人が出なきゃ成功なのだ」直木賞受賞作『空中ブランコ』から2年。トンデモ精神科医の暴走ぶり健在。

(「BOOK」データベースより)
Trial and Error

51点

 

相変わらずの伊良部シリーズ第三弾。

今回収録されているのは「オーナー」「アンポンマン」「カリスマ稼業」、そして表題作の「町長選挙」である。

 

物語のフォーマットに大きなブレは無く、患者に対し伊良部がとんでもない行動をし、いつの間にか問題は解決する。

しかし、今回の作品で前作までと大きく違う点は、始めの三作の患者にモデルが実在することだ。

 

「オーナー」の患者は、人気球団のオーナーで暗闇を怖がる神経症の老人。

過激な発言でリーグ再編で悪役に仕立て上げられる。

「アンポンマン」の患者は大学時代にIT企業を立ち上げ、球団買収やメディア買収を目論む男。

ある日突然、ひらがなが思い出せない症状が現れる。

「カリスマ稼業」は40代で歌劇団出身の女優。

年齢に見えない事を売りにする彼女は、過度のアンチエイジングを行う強迫症にかかっている。

それぞれ明確に"渡邉恒雄""堀江貴文""黒木瞳"がモデルとなっている。

 

この事で、前作に比べ話はより社会的な側面に進んでいる。

伊良部の破天荒さにより、快方に向かう人の姿というよりは、モデルになった人物の内なる悩みなどに重きがおかれている。

しかもそれぞれの描写はテレビを見ていて感じる程度の内面描写。

その反面、モデルのイメージがしやすい分、伊良部の印象が相対的に弱まってしまう。

風刺やブラックユーモア色もあまり強くなく、実在の人物をモデルにしたメリットが殆ど感じられなかった。

 

また、看護婦マユミのポジションも若干変化しており、前作に比べてより積極的に患者との関わりを発生させている。

それもあまり上手くいっていない印象だ。

特に「カリスマ稼業」でのマユミのキャラクターには違和感があり、結末も今ひとつである。

 

表題作の「町長選挙」ではモデルとなる人物は存在しない。

その代わり、これまでのような、話の主軸となる"患者"も存在しない。

話の中心は激しい町長選挙であり、そこで両候補から板ばさみに会う青年と伊良部の姿である。

この話でも相変わらずの伊良部によって、一応患者として存在する青年は快方に向かうが、そこの流れがとても不自然に感じた。

伊良部の妙な人間臭さも、短編としては長いだけに出さざるを得なかったのかもしれないが、あまりいい印象では無かった。

 

全体的に見て、前作まであったエンタメ性と話の深さから、話の深さだけ切り取られた印象。

エンタメとしての魅力は落ちていないと感じたので(むしろ大仕掛けになって上がったと感じるかもしれない)、こちらの方が面白いと思う人もいるはず。

ただ、伊良部とマユミのキャラクターをぶれさせる描写は、あまり入れていくとこのシリーズの首を絞めることになりかねない。

三作目となり、飽きに対して何らかのアプローチをする必要はあったと思うが、別の角度から攻めてみたほうが良かったのではないか。

その答えも含めて次回作に期待したいシリーズではある。