奥田英朗「空中ブランコ」
人間不信のサーカス団員、尖端恐怖症のやくざ、ノーコン病のプロ野球選手。困り果てた末に病院を訪ねてみれば…。ここはどこ?なんでこうなるの?怪作『イン・ザ・プール』から二年。トンデモ精神科医・伊良部が再び暴れ出す。
82点
今回も何人かの患者が伊良部先生の下に訪れる。
・パートナーと息が合わないサーカス団員。
・尖端恐怖症のヤクザ。
・義父のカツラをむしり取りたい衝動を必至にこらえ続ける医者。
・ファーストへの送球が出来なくなったプロ野球選手。
・同じ人物設定を過去に用いていないか、病的に気にする女性作家。
どれも気持ちはわかるけどくだらない悩み。
でも本人たちには重大な心疾患として受け止められている。
それをとんでもない方法で伊良部は治していく(本人に治す気は無いのかも知れないが…)
この小説を「さらっと楽しく読める」という感想も非常に的を得ている。
心疾患というテーマを軽快なタッチと登場人物でコミカルに描いている。
だが現代病としての心疾患を考えると、彼らのかかえる恐怖はすぐ近くにあるのかもしれない。
そしてそれを治すという事は非常に時間がかかり難しいことだ。
伊良部が無意識?の内にやっているのは強引な対症療法。
それで一時的にでも患者さんの心の負担を図らずとも軽減しているのだ。
もちろん全患者がこれで治ったとは考えにくい。
だが少なくとも前向きに受け止められるようになっていく。
ナイーブな統合失調などの心疾患にメスを入れながら、軽妙なタッチで読ませる技術。
キャラクター設定や展開の絶妙さ。
そして心疾患者の心的内情をコミカルな展開とは裏腹に、正確に書ききる筆力。
総合力で見てもかなり優れた作品だと思う。