中式先攻法ブログ

小説や映画、ドラマなどの感想をダラダラ書いてます。備忘録も兼ねて。

「イカロス」 ロシアの恐怖と不思議な友情物語

ロシア人科学者の証言によって、スポーツ界を揺るがす大規模なドーピング計画の一部始終が明らかにされていく様子を描き、第90回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したNetflixオリジナルドキュメンタリー。自転車選手でもある監督のブライアン・フォーゲルが、スポーツ界におけるドーピング検査の有用性検証のため、自ら薬物を摂取してドーピング検査を通過できるか実験をしようとしたことをきっかけに、ロシアの専門家グレゴリー・ロドチェンコフと知り合う。しかし、ロドチェンコフがロシアの国家主導によるドーピング計画に関与していることが明らかになっていき、事態はフォーゲルにとっても思いがけない方向へと進んでいく。

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87点

2016年には「ホワイト・ヘルメット」でアカデミー賞 短編ドキュメンタリー映画賞。そして2017年は「イカロス」でアカデミー賞 長編ドキュメンタリー映画賞。

NETFLIXのドキュメンタリーはレベルが高いですよね。どちらも反ロシアなので、「アカデミー賞はアメリカのプロパガンダ機関なのか!」とか言われてしまうのでしょうがw

以下ネタバレあり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄まじくドラマティックでセンセーショナルな内容のドキュメンタリーでありながら、間違いなく友情の物語

 

序盤は体験型のドキュメンタリー。

監督でアマチュアの自転車レーサーでもあるブライアンが、ドーピングして自転車レースに出てみてどうなるかやってみよう!というもの。その実験のためにドーピング検査をパスするための専門家を探すのですが、UCLAの人間からは評判を落とす可能性があると断れてしまいます。そしてそこで紹介されたのが、ロシアのドーピング検査機関所長であるグレゴリー・ロドチェンコフという人物。

このグレゴリーは非常に明るく愉快な人物で、かなり協力的にドーピング検査をパスする方法をブライアンにアドバイスしてくれます。この辺りの描写は非常にテンポがいい。

そしてレースに挑戦するのですが、自転車の故障で前年度より成績を落としてしまうというある意味失敗とも言える結末を迎えます。

 

ここまでが前半。南仏の美しい映像や、明るいブライアンとグレゴリーの雰囲気もあり、非常にポップなムード。意外と自分はこの前半のムード好きなんですよねw

 

そしてここから急展開の後半に入ります。

ドイツのテレビがロシアの大規模なドーピングを報じ、グレゴリーはその渦中に巻き込まれます。検査機関のトップであるグレゴリーは身の危険を感じ、ブライアンを頼りアメリカに逃亡。このあたりはスパイ映画のようなスリリングな展開。

同僚が2人不審死をするなんて事あります?絶対ロシア政府に消されてるじゃないですかw

グレゴリーはロシア政府やアメリカ司法局、FBIやWADAの思惑の中、ニューヨークタイムズに自身の持つ全ての証拠を公表します。ここから記憶に新しい歴史的なロシアのドーピングスキャンダルが暴かれていきます。

 

実際のロシア政府の映像も交えつつシリアスに描かれる後半はかなり重厚なムード。作中でも言及されていますが、まさにロシアのスノーデンといったストーリー。

グレゴリーが好きなジョージ・オーウェルの「1984年」をモチーフに、グレゴリーの内面にも迫っていく内容です。そしてグレゴリーが投獄され、自殺未遂まで起こしていた過去が語られていきます。前半の明るいグレゴリーがある分、この落差が凄まじいです。

 

ロシアに妹、妻、娘を置いてアメリカに逃亡するグレゴリーが「娘はもうすぐ結婚を控えている」と語っている場面は、とてもドキュメンタリーとは思えない叙情的なシーンでした。

こういったグレゴリーの内面や人間性と、ドーピングスキャンダルに関しての世界的な動きが、様々な関係者のインタビューを交え描かれていきます。

演出もデジタル的なタイポグラフィとキレのいいカット割りの前半に比べ、手書き文字やゆっくりとしたカット割りで差別化しているのも雰囲気づくりに一役買っているかと思います。

 

でも何というか・・・これは何が凄いってドキュメンタリーを撮っているときに、その出演者が世界的な大事件の中心人物になるという、考えられないような偶然が凄いですよね。前にピュリッツアー賞をとるようなカメラマンの才能は、その瞬間にそこにいることだなんて話を聞いたことがありますが、まさに監督のブライアンにはその才能があったということなのでしょう。有名なカメラマンの引用だったか、飲み屋で会った人が言ってたか完全に忘れましたがw

 

そして告発があまりにセンセーショナルなので見逃されがちなんですが、このドキュメンタリーは2人の男の出会いから別れの物語でもあるんですよね。

2人で悪いことをしようと出会って、グレゴリーが世界的な事件に巻き込まれ命を狙われているところを助け、ブライアンも危険な立場になり、そしてグレゴリーは承認保護プログラムを受けることになり2人は別れる。

友情もののテンプレのような作りですよねw そしてこれが現実の話であり、巻き込まれるトラブルの規模が、映画でも滅多にないほど大きい。

 

もちろんドキュメンタリーを撮るという目的のブライアンと、安全を求めるグレゴリーの打算的な側面もあったとは思います。でも要所要所で描かれる2人のやり取りを見ていくと、徐々に心を通わせている姿が見えてきます。

こういう友情って…いいですよね。

学生の友情ものというより、こういう仕事や事件を通じて築いていく大人の友情に弱いんですよね。

 

またこの映画の出来にはグレゴリーという人物の魅力というか読めなさという要素も大きかったかなと。そもそもドーピング検査機関の所長がスクープ前から「ロシア人はみんなドーピングしてる!」とか言いながら、ドーピング検査をすり抜ける事に協力している理由も良く分からないですし、アメリカに逃亡するときなぜ暗殺の危険もあるロシアに妻子を残したのかも謎。急にロシアの国家ぐるみのドーピングを公表しようとした切欠も明確には語られないです。

彼はもともと統合失調症を抱えていたので、その辺りの事情なのかなとも思えますし、そうでは無く暗示的なワードを吐いて煙に巻いているだけで、ただの行き当たりばったりな性格のかもしれないです。一応映画としては「1984年」の二重思考と結びつけてこの辺りの感情は説明していますが、さすがにこれはこじつけっぽいなとw

こういったグレゴリーの性格や行動が映画のアクセントや読めない展開の鍵になってる事もあります。ですが、ともすればマイナスとなりがちなこの性格が…何故ですかね魅力的にみえるんですよねw

 

濃厚なドキュメンタリーですが、緩急もあり、出演者の魅力もあり、重いだけではない魅力のある映画になっていると思います。それにしてもロシアって怖いね!