中原みすず「初恋」
愛に見放されていた高校時代、みすずが安らげるのは、新宿の薄暗いジャズ喫茶だけだった。そこには仲間たちがいる。亮、テツ、タケシ、ヤス、ユカ。そして彼らと少し距離をおく、岸という東大生。ある日、みすずは岸に計画を打ち明けられる。権力に、頭脳で勝負したいというのだ―。三億円事件には少女の命がけの想いが刻み込まれていた。世紀を超えて読み継がれる、恋愛小説。
(「BOOK」データベースより)
52点
かの有名な三億円事件。
その実行犯"中原みすず"の独白として書かれた小説。
内容が事実なのかは明かされておらず、一種のモキュメンタリー的手法で表現されている。
主人公であり作者の中原みすずは、ジャズ喫茶で岸という東大生と出会う。
彼が持ちかけたのは三億円強奪という計画。
女子高生のみすずは運転技術を買われ、計画に参加することになる。
あくまでもリアリティを重視した内容となっており、最後まで不明な点は多い。
これは多くのモキュメンタリー作品と同様だ。
岸とバイク屋の親父の関係は?
岸は何故三億円を奪う計画を立てたのか?
現場にいた第三の人間は?
多くの疑問が残るが、それは手法上の問題であって小説の欠陥ではない。
むしろ暗部を残すことで絶妙のリアリティを出している。
ただ"恋愛小説"とうたわれている本作だが、その匂いは薄いように感じた。
岸とみすずの関係も唐突に感じたし、みすずのトラウマという設定も生きていない。
また肝心の三億円強奪にいたるまでの心境が今一つ分からない。
無免許運転での退学を怖がるみすずが、学生運動が盛んな時代の雰囲気があるとはいえ、罪悪感をあまり持たずに計画に加担するのは不自然に感じた。
そこに恋愛的な要素が絡むにしては、それまでの関係性の記述が淡白すぎる。
とはいえ、そういった不整合や不出来な部分も含めて、物語のリアリティとして受け取るのが、正しい読み方だろう。
だがモキュメンタリーとしてみると、告白としては衝撃が足りないし、「だから?」と感じてしまう事も否めない。