中式先攻法ブログ

小説や映画、ドラマなどの感想をダラダラ書いてます。備忘録も兼ねて。

我孫子武丸「殺戮にいたる病」

永遠の愛をつかみたいと男は願った―。東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるサイコ・キラーが出現した。犯人の名前は、蒲生稔!くり返される凌辱の果ての惨殺。冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇を鮮烈無比に抉る衝撃のホラー。

Trial and Error

85点

 

1992年に出版された、我孫子武丸の傑作と言われるミステリ。

面白いミステリは?というネット上の質問では、かなりの頻度で顔を出すこの作品。

古さを感じさせないどころか、今になってさらに痛烈に響く威力を持っている。

 

冒頭から犯人の逮捕シーンで始まり、時間を遡るように犯人・蒲生稔、母・蒲生雅子、元刑事・樋口武雄の三人の視点が複雑にザッピングして物語は描かれる。

 

淡々と犯行を繰り返す蒲生稔のパートは薄ら寒さと共に、犯行に及ぶ深い心理描写を描き出している。

犯行の際に岡村孝子の「夢をあきらめないで」を聞くという設定は、恐怖感をあおると共に彼の心理描写としても非常に的確なものとなっている。

 

息子の犯行に疑問を持ち始める蒲生雅子のパートも面白い。

樋口パートと共に、常に蒲生稔パートの少し先を描く事で、蒲生稔の犯行時に結末の見えたやるせなさを感じさせる事に成功している。

作者は過激な作品の規制や、PTAなどを中心とする過剰な保護に対して、かなり批判的な意見を持っているのだろう。

息子の部屋を普段からチェックし、家族に対して過干渉な雅子はそのモチーフとして描かれ、滑稽なほど空回りしていく。

その心理描写もかなり丁寧に描かれ、非常に迫るものがある。

 

そして探偵役となる元刑事・樋口武雄のパート。

こちらは家族を失ったものの悲哀を中心に描かれ、比較的一般的なの内容。

推理が光って犯人を追い詰めていくというよりは、基本的に樋口の内面にスポットが当てられている。

刑事側からのプロファイリングや、心理学者とのやり取りなど、連続殺人をより外的な見方として描いている部分は、他のパートと相まって非常に面白い。

 

この三人のパートは非常にバランスがよく、1992時代にはまだ少なかった"シリアルキラー"というものに対して、世間の見方を馬鹿にするような独自の視点を描き出している。

 

これだけでも十分名作だが、ラストが驚愕。

犯人逮捕から始まり、そこまでを丁寧に描写していく本作において、このラストは素晴らしいの一言。

使い古された台詞であり、実際自分はあまりそういう事はしないのだが、"もう一度読み返したくなる"という言葉がピッタリと合う。

 

傑作は色あせない。

それどころか、現在の日本の状況を描いたかのような新しさが、未だこの作品にはある。