津原泰水「ピカルディの薔薇」
頑迷な男を襲う白昼夢。(「夕化粧」)人形作家の恐るべき新作。(「ピカルディの薔薇」)鳥を彩る伝説の真相。(「籠中花」)饒舌に語られる凄絶な食。(「フルーツ白玉」)稲生武太夫伝説への硬質なるオマージュ。(「夢三十夜」)未来を覗ける切符の対価(「甘い風」)猿渡の祖父が見た彼の幻の都。(「新京異聞」)江戸川乱歩、中井英夫の直系が紡ぐ、倦怠と残酷の悲喜劇。
52点
美しく、芸術的であり、斬新で、実験的。
だがそれが面白いには繋がらないと感じさせられた。
この話は「蘆屋家の崩壊」の続作にあたり、猿渡を主人公とした七編からなる短編集である。
文章は相変わらず美しく、現実と幻想の狭間を描いている。
しかし、前作ほどの面白さは無い。
まず前作の良さであった伯爵と猿渡のコンビが近作には少ない。
とはいっても内の何作かは伯爵も登場するのだが、その作品にも前作の良さは無い。
そもそも伯爵と猿渡の役割分担を崩壊させたところに大きな問題を感じた。
確かにフォーマットに乗っ取った小説は飽きるし、美しくないというのも分かる。
だが、その良さを消してしまうのはいかがなものなのか。
また今作は非常に分かりづらい話が多い。
前作では"文章の美しさ""エンタテインメント性"が非常にいいバランスだったが、近作は美しさに寄ってしまい話が良く分からないままに終わってしまったりする。
過剰な説明をする事で物語が持つ幻想的な雰囲気を消しかねないのも事実だが、ここまで分かりづらいと話の筋がつかめない。
短編の構成もまとまりがあまり無い。
それぞれの話がフォーマットとして変わった形をとっているものが多く、短編としての繋がりも楽しめない。
第三者の台詞だけで構成されたり、過剰に長かったりする事も味を損ねている。
今作では伯爵の代わりに、編集者奈々村女史が登場したが彼女の魅力が今ひとつ伝わらないのも面白みを欠いている原因かと。
唯一、面白かったのは最後の「新京異聞」。
「BOOK」データベースの説明文では猿渡の祖父となっているが、作中では一切明かされず、伯爵も違った形で登場する事であたかもスター・システムの様相を呈している。
フォーマットを嫌うのであれば、このような方法で短編を組んでも良かったのではないか。
満州やさらに昔の日本を舞台に、猿渡と伯爵が登場する作品の方が、フォーマットも崩せて面白かったような気がする。
「蘆屋家の崩壊」のラストが綺麗に締められていただけに、そう思ってしまう。